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日本の性風俗の歴史について

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日本の性風俗の歴史について

アメリカ兵が連合軍として日本を支配下に置いた第二次大戦後、RAAという公娼施設を日本はアメリカ軍に対して設立しました。

性風俗施設です。アメリカ兵が占領した国ではレイプ被害が深刻であり、それを水際で防ぐために防波堤でした。

賛否両論はあるものの、日本でレイプ被害が増加するのを未然に防ぐためには、そのような公娼施設を作ることも止む得なかったことでしょう。

RAAが設置されたとも日本の女性に対するレイプ事件はあとを絶ちませんでしたし、それを特高警察が調査していました。

しかしRAAがなければもっと増加していたと考えるのが順当です。 RAAの設置と共に、女性兵士にサービスを行う慰安夫も存在していました。

身の回りのお世話をする下僕のような存在ではなかったのかと解釈する向きもありますが、勤めが1日おきで日給は3ドル、食べ物は栄養価の高いものを潤沢に与えることが約束されていたようですから、家政婦さんと同じような家事を求められていたわけでないことは一目瞭然です。

当時巷では一日のご飯を得ることすら難しい時代でした。それが肉もバターもチーズも充分に与えられていました。

男性が1回の射精に必要とするエネルギーは「2週間分の食事から得るエネルギーに匹敵する」ということですから、何を目的として雇い入れているのかというのは自ずとしれます。

それでもなおそこで働いていた男性は「過酷であった」といいます。これをガセネタと判断している人もいますが、実際に従事していた人の証言も残っています。

もちろん日本にも男娼はいましたし、それを買う女性もいました。しかしそれはそうそう一般的な話ではなく、女性の性はそこまで解放されていたわけではありません。

「慰安夫」の話を真実と受け止めると、「女性の性欲処理も重要な問題である」と考えることが出来ます。

男性のみならず、女性も処理したいと考えるようになってもおかしくはないのです。

ましてや日本男性は全体的に淡泊な傾向にあると言われています。女性の中で不満足を抱える人も多いのではないでしょうか。

出会い系サイトなどでセフレを見つけることも可能な時代ではありますが、それなりのリスクは伴います。

「できれば風俗のようにお金で解決できるなら」という考えに至る女性も出てくるでしょう。

段々と女性専用の風俗も出現してきています。ガッツりタイプから添い寝のようなソフトなものまで、女性の性癖は様々ですから、それに応えられるような多種多様さがあります。

一般的に男性向けの風俗よりも、ずっとリーズナブルな印象です。

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